第2回ポストカード定点撮影 ~続き~
07月21日
おはようございます。週末から3連休で本日は久しぶりの出社です。
昨日20日からは第2回ポストカード定点撮影の続きです。

今回は山口信愛教会を中心にした後河原の風景と鰐石の重ね岩・鰐石橋の2か所を掘り下げています。
まずは後河原の風景ですが全然違っていますねぇ。
今から約120年ほど前の景色です。

何といっても目に付くのが中心にある三角屋根の建物です。
現在は建て替わっていますが山口信愛教会の古い建物です。
平成3年まではこの場所に建っていました。

とてもレトロで素敵な外観ですよね。
一回見ておきたかった~!!
そして今回の調査で初めて知ったのですが、この建物を明治40年に設計したのが本間俊平という人物です。
これまでこの方を存じ上げなかったのが恥ずかしいくらい、すごい人でして。
「秋吉台の聖人」「大理石の恩人」という異名がついている伝説的な人でした。
この機会に皆さんにも知っていただきたいので、とりあえずウィキペディアからお願い致しますm(__)m
本間俊平 – Wikipedia
こういう歴史上の人物と接点があり、点と点が選でつながり、歴史が今と地続きであることを認識できたときに、この企画をしていて良かったなと感じるわけでございます。
そして教会にはこの本間さんゆかりの品(?)が展示されていました。
これも何だかすごく時代のつながりを感じて感動しました。
さてそして、今回はもう一枚。鰐石の風景をお送りしています。
これは知っている人なら簡単ですね。
鰐石の重ね岩はあの場所からうごきません。ただ橋や手前の家・東屋は今はなくなり、水かさも今とはずいぶんと異なっています。

上の写真はおそらく大正時代のこの地域の写真です。
街道の他には周りが田んぼだったことがわかりますね!!
番組では鰐石橋の変遷を紹介しましたが、結構頻繁に架け替えられていることがわかりました。
江戸時代は木の橋。明治18年に鉄橋になり、大正6年にコンクリートになりました。
この時の親柱4本は岩の周辺に大切に保存されていました。
その後昭和9年頃、椹野川改修工事に伴ってきれいな橋になりました。
戦後と平成期に橋のアップデートが行われ、現在に至っています。

また鰐石の重ね岩の上の松(巌上松)について今回は深堀しました。
明治37年に藤澤善左衛門という蝋燭屋のご隠居が植えたという記述を見つけました。
歴史の教科書には載らないような人物ではありますが、郷土にとっては「あの岩の上に松を植えた人!」という風にちょっとした偉人として私は紹介したいと思います。
このお話も当時の時代背景なども相まって、詳しく話せばもっと面白いのですが、それはまた今度のお楽しみにということで。
◆今回も山口市のマニアックな歴史に注目してお送りしました。
良かったら見て下さいませね!!
ちなみに前のシリーズでは湯田温泉について調べています。
こちらはyoutubeでアーカイブ配信していますので是非ご覧ください😊
【ポストカード定点撮影】#1湯田温泉の近代史(温泉遊園地・湯田競馬場・最後の芸妓・そば寿司・錦川の暗渠化・松田屋旅館の正門の変化…など)
◆今回は盛りだくさん!!
ぴーたんとあじさいがきれいな阿弥陀寺に遊びに行ってきましたよー!!
番組が何か重たいから、ちょっとお口直し的にかわいい映像で癒されてほしいです!!

次回の放送日は8月3日月曜日です。
このシリーズは少し大変なのでしばらくは隔週更新です。すみません。
ディレクター マツダダイスケ







