ポストカード定点撮影 湯田温泉その2
03月16日
番組は2週間ぶりの更新です。
今回の企画は調べモノが多く、とても1週間では時間が足りませんでした。
ご了承くださいm(__)m

内容は前回お伝えした通り。
過去の絵葉書の現在地点を探るという企画です。
どさけんさんも沖永さんも山口市には詳しいんですが、そうはいってもここ10年~30年のお話。
われわれは60年~100年前を探ろうとしているんですからそれはもう荒唐無稽なお話なのであります。
そして企画を立てた私でさえ、答えが見つかったから走り出したわけではなく、まあ調べながら、人に聞きながら、資料にあたりながら、分かったことだけを放送すればよいだろうと考えていました。
ほんで、結局分からなかったら「分からなくてごめんなさい」と言おうと、そんな感じでいたのです。
ですがねぇ、いろんな人に話を聞いて聞いて聞きまくっていると、うすぼんやりと100年前のお話が見えてくるのです。100年前が分かれば、そこから80年前、60年前と現代に近づいてきましてね…。
もう20年前なんて昨日のような錯覚に陥ってしまいます。
今回のロケでは西の雅常盤さんに伺い 6枚の絵葉書についてお話を聞きました。
全てについてコメントを貰いましたが、今回の放送ではその中から以下の2枚について、解決編まで放送枠内に入りました。
(湯田競馬場・湯田温泉株式会社・松田屋旅館・旧ポプラ付近は次回以降の放送になります)
◆今回のメインの2枚の絵葉書

↑昭和40年代ごろの絵葉書

↑大正時代の絵葉書
◆キーワードは「錦川」「東京庵」「芸者さん」
錦川は昭和45年に河川改修で暗渠化されました。
たびたび洪水があり周囲のお店は苦労をされていたそうで、以降大雨の日も心配が不要になりました。
一方で川べりにあった桜や柳の木がとても風流で、川が暗渠化されたことで情緒がなくなったという声もいろんな方がお話してくださいました。

錦川通りと元湯通りの角にあった東京庵。この景色はとても私も覚えていました。
遡ればここは長州藩の「臨野堂」という施設があった場所。
隣には野原温泉もあり、湯田温泉のメインは錦川の通っていたこのあたりだったと言われています。
そんな場所で大正13年に創業されたお蕎麦屋さんが東京庵。
もう100年以上の歴史があるわけ。
現在は5代目の信明さんが瑠璃光寺の近くで営業をされています。
今回東京庵の歴史を聞くために、お店に伺いましたが、店主は名刺を渡すと私の顔をジロジロと見てこられました。
実は店主の信明さんは私の高校の同級生(笑)
私は高校時代、彼が東京庵の跡取りだとうっすら聞いていた記憶があったのですが、まさかこんなに立派になられているなんて!
そして私のことを覚えてくれていたことがとてもうれしかったです。
取材はお断りしようとされていたそうですが、同級生のよしみでいろいろとお話をさせていただくことができました。
私は本当に恵まれているなぁとこの日強く思いました。
東京庵がなぜ東京庵という名前なのか、そして蕎麦屋の前はどうだったのか。放送をご覧ください。
そして「芸者さん」
古い湯田温泉の写真をしらべるといろんなところに写っています。
それもそのはずで戦後の全盛期には湯田に140人いたという話です
(200人という話もあり)
芸者さん、正しくは「芸妓」というそう。
湯田にあるいろんな旅館の宴席に呼ばれ、踊りや三味線を披露し、その後お酌をしたりお話し相手になったりするのがお仕事。
そういえば「芸者をあげての大騒ぎ」…みたいな言葉をちょっと前まではよく耳にしましたよね。
今では慣用句みたいな感じになっているほど、湯田でそのような文化は消えてしまいました。
芸妓さんは「置屋」という場所で住み込みで暮らします。
ここから踊りや三味線を習いに行き、芸を磨いたそうです。
複数の「置屋」は「検番」という組織(組合的なもの)をつくり、芸妓を宴会に呼びたい客や旅館はこの検番へ連絡をします。
そして検番から置屋へ連絡が入り、芸妓さんは「輪タク」という自転車タクシーで宴席へ出かけて行ったそうです。
「置屋」にはなぜか風呂がなく、日々湯田の温泉に入りに行ったそう。「野原温泉」や「千人風呂」です。
昼間の写真によく芸者さんが写っているのはそういう日常の風景の一コマが、歩く人の目を楽しませたに他なりません。
なんて素敵な空間だったのでしょう。
そんな芸妓さん、湯田の検番が昭和57年に廃止されたのち、平成8年ごろにはほとんどいなくなったそうです。
最後までされていたのは6~7人だったそう。
今から30年くらい前に”絶滅”した湯田温泉の芸妓の世界を調べようと、いろいろと当たっていると、最後の芸者とされている市子さんという方にお話を聞く機会に恵まれました。
現在92歳ですが、本当にお元気で当時のことをよく覚えていらっしゃいました。

お顔は恥ずかしいのでお声だけですが、貴重なお話を伺うことができました。
当初、企画を始めた時にまさかこんな感じになるなんて全く想定していないことでした。
本当に出会いに感謝でございます。
放送に入りきらなかった音声は、きっと何かしらの研究に役立つような気がしていますので、いつかどこかで公開したいとおもっています。
…てな具合で、いつもの放送以上に今回は内容が充実をしています。
このほかにも湯田温泉旅館協同組合さんや文書館・図書館はじめ、山口市菜香亭、そのほか湯田温泉のいろいろなお店・旅館、関係者の方に話を伺いました。
まだシリーズは続きますが、一旦感謝を述べなければ私ダメ人間です。ありがとうございました。
次回はまた2週間後ですが、調べモノはまだまだ続いています。
皆さんからの温かいメッセージや感想、あるいは湯田温泉にまつわる情報や思い出話など、番組にお寄せください。
ディレクター 松田大輔







